2023年
拝啓、元恋人
元恋人と出会って、遊んで、たまーに喧嘩して、すったもんだで先月別れるまでの5年の間に私5キロも太ってたんだけど、えええええ…?この数年で私に何が起こった?もしかして奇跡?
いやいやいや。体重右肩上がり。飛ぶ鳥も落とす勢い。株価なら最高なのに。
久々にまじまじと全裸の自分を鏡で見たら、なんつーか、すごいデブとかじゃないのに、体のいたるところの形が妙っていうか、「なぜあなたがこの場所に?」みたいなところに肉が大移動していたりしてた。主に背中。背脂。
ちなみに乳だけは周りに流されることなくスリムさをキープ。いや、空気読め。お前のスタンスぶれなさすぎんだろ。たまには周りに流されろ。
多分このままのペースでいくと昔話で見た、穴の中で太ってしまって出られなくなった狐みたいになる。(もしくはドアから出れなくてクレーン車発動してでっかい窓から運搬される人。)
ただでさえ世の中に大して貢献もしないぼそぼそした人生送ってんのに、ぼそぼそな上ぶよぶよとか。ぼそぼそでぶよぶよでよぼよぼになるとか。
なんか嫌。特に語感が。
確かにこの5年間、全裸で鏡を見る時は薄目で乗り切っていたし、体重計はただの前衛的なインテリアだと思ってきた。(埃付き。)
ずっと細かく動いていればブレて見えて、デブなの分かんないんじゃね?とか言うせこいライフハックを思いつき、恋人の前で披露もした。デブの模範生である。
しかしそんな行為とはお別れするとき。さようなら、お酒。さようなら、深夜のサッポロ一番塩ラーメン。さようならさようなら。
思い出すのは、先日別れた元恋人に「最近太った気がする」と言うと、
「全然太ってないよ!」
「ちょうどいいよ!」
「まだ大丈夫!」
「やばくなったら絶対言うから!」
とずっと言ってくれていたことなのだけれど、
おい、元恋人よ。お前の「やばくなったら」の「やばい」のエリアは一体どこだ。
今までそんなことを言われて「そうか?(えへえへ)」と納得していた私はここ数年で最高体重ですよ、ともう届かぬ声でお伝えしたい。
こんなに太らしてどうするつもりだったんだ、と。畜産か、と。良い値が付くのか、と。
そもそも元恋人は美的センスと言うものがちょっとずれていて、
私が酒でパンパンになった顔に目くそ付けた起き抜けの顔すら「わー!今日もかわいいねぇ!」と言っていた人なのである。お前のその目は飾りか。
まぁうちの猫にも「太っていてかわいいねぇー」と話しかけていたし、カマキリを見て「うぉー!!かっこいい!」とか言ってたから、私も同じ感じなのだろう。
昨日マジでマジで非常にしんどい事があって、分かりやすくご飯食べられないという状況に陥った。
これはよろしくないと思ったので今日は無理やり食べていたがちょっとオエっとなる。こんな感覚は久々だった。
それで思い出した。
元恋人といたときに私はこんな風に情緒を乱されることなどなかった。ただただ安心に包まれて、猫みたいにめちゃくちゃに可愛がられて、5年を過ごした。
その中でぬくぬくと好きなものを一緒に美味しく食べ、一緒に飲み、私はふくふくと太っていった。
辛いことがあってもただ話を聞いて「大丈夫だよ、あなたは素敵なんだから。」と繰り返し繰り返し言ってくれた。
私はこの5年間本当に幸せだったのだと、彼に幸せにされていた5年間だったのだと再確認する。
手を離した側の人間は、思い出に浸って涙ぐむことも、ごめんねと謝る権利もないし、さよならを伝えたらあとは何も出来ることなど無い。私はそう思っているから別れた事で泣いたりしなかったけど、幸せだったんだな、と思った時、その時だけはちょっと泣いた。
元恋人へ。
お前はどうせ勝手に幸せになれるから幸せも祈らない。
1年後にはまた楽しく生きているだろうと分かっている。
ここのところは私の心からすこしづつお前が居なくなってきてるけど、この5年間お前が教えてくれたものはしっかりと私の血肉になっている。本当に。だから私はこれから私を幸せにすることだけ考えていく。辛いことがあってもお前が言ってくれたみたいに、今度は私が私に素敵だと言う。
それを教えてくれて、ありがとう。
だけどこれだけは真顔で言っておきたい。
「いいなぁ~脚太くて。」
これは悪口だから次付き合う女の子には言っちゃ駄目なやつだからな。覚えておけ。マジで。
8年前の私へ
もう8年も前の話になる。
年も性別も住んでいるところも全然違うのに、とても気の合う友達が出来た。
人に対して割と時間をかけて仲良くなる私だったのに、彼に対しては最初から全くもって遠慮をしなくて済んで、それがとても心地良かった。
遊びたい盛りの彼の女事情も腹がよじれるほど笑いながら聞けたし、彼も私が女であることを認識はして割と丁重に扱いながらも、それでも性別を意識せずに対等に接してくれた。一緒にたくさん酒を飲み、小学生みたいなアホな話もしたし、真面目にこれからの仕事について語り合ったりもした。
ただただ人間として繋がっていたように思う。
それはもうはっきりと彼の事が大好きだったし、多分彼も私の事を大好きだった。
彼は陽気で、話がうまく、語彙も豊富で、その頃の私が長時間話していても楽しく疲れない数少ない友人であった。恋愛感情なんて全くなかったしだからこそ何でも言えたのだ。
だけれどいつしか彼を知るたびに私の中の気持ちがちょっとづつ形を変えていって、あれ?と思った時には彼が関わった女の子の話を聞くたびにもやもやしたり、なんだか胸が苦しくなることがあった。
なんか、これは、ちょっと、やばい。
そんなことに薄々と気付きながらも、敢えてその気持ちに名前を付けることはせずにいた。
名前をつければ否応なしにそこにフォーカスが当たり、もっとおかしなことになってしまう。私たちが気に入っていたこの関係が失われてしまう。何でも話してくれる彼が好きだったし、私は彼にとってそういう相手でいたかった。
だから私はぼんやりとその気持ちがふくらんでいく事に一切の無視を決め込むことにした。
また心のどこかで気付きながらも「いつかこんな気持ちは無くなっていくだろう」と楽観的でもあった。
だけどある日「これはもう駄目だ」と思う出来事があり、私のずるするとした気持ちに決定打が打たれた。私この人が好きだ、この人が本当に好き。
認めざるを得なかった。その時に完全に自分の気持ちに降参することにしたのだ。
分かっているのは、彼は私に恋はしていないと言う事だ。彼の一挙手一投足から度々それを思い知らされ頭で分かってはいるのに心がギシギシと痛んだ。
彼が何も気にせずいろんな話をしてくれるのも、私の前で泣いたりできるのも、酔っぱらった勢いで変なメールばっかり送って来るのも、私たちが「何を話しても平気な相手である」といった関係だからだ。ただそれだけだ。分かっている。
私は久しく忘れていた。恋とはかくありき。こんなにも心を波立たせるものだった、という事を思い出して悶絶した。
表面では友だちの面構えを貫きながら、彼の色々に心をグラグラと揺らし、
そんな自分が情けなく、みっともなく、誰も見ていないのに恥じた。
彼は近いうちに今よりも離れたところに引っ越すことも知っていた。
もうこうなったらなんてことないただの実験を持ちかけるような雰囲気で、飲もうぜ!って言うのと変わりないノリで、1回だけでも彼に抱いてもらおう。
やけくそな気持ちもあったのもあったが、そうでもしないと私は彼に一度も触れないままのような気がした。何も手に入らなくても、せめてこの手で触れたかった。
お互いにパートナーはいない時期だったので、そのこと自体に何ら問題はないと思ったし、彼もその頃はそちらの方面においては大人としてのルールを守りながらも奔放に楽しんでいたので、まぁ断りはしないだろうと小狡い計算もしていた。(いやな奴。)
そんな私の中のドロドロを努めて感じさせないように、「ちょっと楽しい事しようか!」位の感じで話を持ち掛けた。その程度の温度感なんだと彼が思ってくれることを、私も望んだ。
彼は驚いていたけれど、私の望んだ温度感で快諾してくれた。
そして彼と会い、一緒の部屋に泊まり、願い通りそんな感じの事をした。
その事でより一層「彼にとって私はただ気の置けない友達」であると言う事を突き付けられた。
それは彼に触れる前に頭の中で考えていたよりずっとずっと悲しい事だと知った。
誤解のないように、そして彼の名誉を保つために言えば、決して雑に扱われたとかでもないし、ひどい事を言われたわけでもない。友達として尊重してもらったと思う。だけれど私は傷付くくらい現実を思い知った。
今まで笑って聞いていた話も、もう作り笑いも出来ない。相槌も気の抜けたようになって、楽しそうに話している彼に申し訳ない気持ちと、自分が可哀想だという気持ちでぱんぱんになってきた。
自分で勝手に好きになって、自分で望んでこんな風なことをして、何が可哀想か。
本当に馬鹿でくだらない女だ。本当に本当に。
彼の泣き顔を初めて見たときに、もっとこの人を笑わせたいと心の底から思ったのじゃないか。
なのに何にもごまかしきれなくて、笑えなくて。彼にも失礼な態度をとって。良心とエゴがせめぎあって、小さい私の心が限界であった。
自分の気持ちを言ってしまえば一生この関係は戻ってこないことも知っていた。
分かっていながら、私は世界で一番私が可愛く、ただ私のために彼に気持ちを伝えた。
彼は思ったより驚いていた。全然気付いていなかったとも言った。明らかに動揺していた。
だけれどやはり彼らしく、丁寧にきちんと言葉を使って、私を諦めさせてくれた。
それでも、もちろんもうああいう事はしないけどこれからも友だちでいられる方法はないのかとか、俺がそういう女性関係の話はしないようにすればいいのではとか、いやでもそれじゃお互い気を遣うよね、とか、そう言ったような事を言葉が整列しないまま彼は言っていたけれど、結局その日で彼と私の関係は終わることとなった。
もうこの人に会うのは今日で最後だという気持ちと、やっと言えたという気持ちと、いろんな気持ちが並行してそこに在り、笑いたいような泣きたいような不思議な気持ちでいた。
電車乗るまで見送るという彼をありがたいと思いつつ、断った。
改札からずいぶん離れたところで感謝の気持ちとお別れの言葉をお互い告げ、軽くハグをした。
どうしても泣きそうだったので切符を買う事だけを考えて券売機に向かう。
やはり冷静じゃないのか、ただ切符を買うだけなのにいつも以上に手間取りもたもたとした。こんな時にも私はどんくさいな、とちょっとだけ笑えた。
改札を通る前に儀式的に振り向いたら、彼はまだ先ほどのところにいて、私に向かって大きく手を振った。急に我慢できずに顔が歪み、みっともない顔で私も手を振った。
電車を待っている間、彼の事を考えた。
本当はもっともっと伝えたいことがあった。
彼の素敵なところもっともっと伝えて、もっといい気分にさせてやりたかった。
笑うと横にぐっと広がる口とか、声が大きいところとか、酔っぱらうともっと早口になるとこ、意外なところで弱気になるところとか全部好きだった。
歩くのが早いとこととか、寝言がひどいところとか、彼が自分で欠点と思っているところだって、私にとっては一つも欠けていなかった。
恋もしていたけれど、大事な友だちだったし、時には母親のような気持ちで君を愛しいと思った。
彼への餞みたいに、それをもっともっと真剣に伝えればよかった。大人ぶって平静な振りなんかしないで必死に伝えたらよかった。
いつも後から気付く。好きな人と会う時はいつも最後だと思って会うべきなのに。惜しむなよ。ビビるなよ。本当に。
電車の中で私は、リュックに顔うずめて、しっかりと泣いた。
その後は少しづつではあるけれど、彼がいた私の心の場所が徐々に小さくなり、何かにとって代わるようになり、そこに違うものが入り込んだり、またいなくなったり、また何かで埋まったりした。ちょっとずつ元気になっていつもの私になった。あの時はあんなに寂しくて息が苦しかったのに、8年たった今ではすっかり甘ったるくて赤面するような思い出でしかない。
人と出会って別れるってそういう事なのだ。出会いは嬉しくて別れは悲しい。どんな思い出もいつか色が抜けていく。
だけど相手に貰ったものだけ時間をかけて綺麗にろ過されて、その人の中に残っていく。
だから8年前の私よ。
大丈夫。全部大丈夫だよ。心配いらない。
お前がした行動は変だったかもしれないし、全く格好いいものではなかったけど、8年後の私は正解だと思っている。
だから腐るな私。たくさん泣いてもいいから笑うこと忘れるな。
本当に本当に、あなたは大丈夫だから。
以上!8年前の私へ。
2031年7月の私より。
おっぱいについて考える
おっぱいって何だろう。おっぱいは何のためについているのだろう。主に私のおっぱい。
オス!みんな元気?みんなの家族も元気?
ところでなんだけど、みんなおっぱいとどんな風に向き合ってる?
初恋に敗れたあの時も、初めて親に嘘をついたあの夜も、仕事で嫌な事があって泣いたあの夜も、あなたの側にいたわけじゃん、おっぱいって。ただそこにひっそりと。人によっては堂々と。何も言わずただ一心同体でそこにいてくれた訳じゃん。ちょっとした彼氏よりいい仕事するじゃん。
そんな酸いも甘いも共に過ごしてきたおっぱいについて真面目に考える日が来たんじゃないかって、私思ったんだよね。
ねー!!
…いやちげぇの。私今年のGW9連休でさ、最初はひゃふー!つって友達とリモートで酒を飲み、実家のバーベキューで酒を飲み、なんなら何もなくても朝から飲んでいたら、ふと「え、私のおっぱいってなに」みたいな思考に陥っていてですね、多分連日のアルコールで脳が奈良漬けみたいになっていたんでしょうね。怖。酒って怖。
まぁ別の記事でもサラッと触れてはいたんですが、何を隠そう私って近代まれにみる貧乳なんですよ。
戸籍上は正真正銘女なんで、温泉とかでそりゃあ他人の乳を何乳も見てきましたけど、悪いけど貧乳ぶりで私に勝てるものはいなかった。もうぶっちぎりだからね。ぶっちぎりの貧乳。三馬身差の余裕のゴール。歴代貧乳アワードで優勝、後に多分殿堂入りもしてる。
つうか貧乳って言うか、もう貧しいとか豊かとかいう問題じゃねーの、物理的に有るか無いかで言ったら「一見存在しているようには見えないがある可能性も否定しきれない」位の感じの心許ない感じなわけです。私のおっぱいって。
ただおっぱいと言う概念だけがそこに在る。その概念だけで虫の息で女やってんの。
長男には
「胸側であるか背中側であるかはおめぇの顔の向きで判断している」旨の事を言われ、
次男もしょっちゅう私を貧乳ネタでいじって来るので
「つうか隠しているだけで実はお前が想像している3倍はデカいんだぞ」と言ったら
「え…?ゼロには何かけてもゼロだよ…?」って不思議そうな顔をされた。
彼にとって母の乳の質量はゼロらしい。
挙句の果てに私を産んだ母ちゃんまで風呂上がりの私を見て「可哀想…」とつぶやくなど。
いや、私の原材料お前だかんな。(小さい)胸に手を当ててよく考えろ。
ってここまで書くと思うじゃん?
「そもそも細身体型で贅肉がないのでは?」みたいなさ。乳だけじゃなく全身スレンダーなんじゃないのー?気にすることないよー?みたいな優しい幻聴とかも聞こえてくるじゃん?(アル中初期症状。)
ところがどっこい。
44年間生きてきたけど、一瞬たりとも痩せていた時代が思い出せないんだよねー、多分前前前世くらいまで遡らないとないんだよね、その記憶。
なんせ生まれたときが3970gって言う。
参考までにいうと当時の赤子の平均出生体重が3.2㎏だからね。約1.25倍。25%増量サービス。どっかのカップ麺の売り文句かと。むしろ母ちゃんよく産んだなと。どうなってんの人体の神秘、と。
そんな星のもとに生まれていますからね、周囲の期待を裏切ることなく今も何かそこそこデカいわけです。
腹とか太ももとか顔とかケツとかまんべんなくたわわに実っているのに。何なら毎年前年の収穫高を更新する勢いなのに。
胸エリアだけが毎年不作。多分土地が痩せてる。
でさ、話変わるけどフリーザって知ってる?
あの人さー、第一形態から始まって、第四形態まで進化するのね。
んで見た目においては第二形態ですげーデカくなって、いや今でこのサイズって最終形態どこまで大きくなるの?!って思ったら最終形態はなんか小さくなっちゃってさ。デザインも最初に比べてつるっとしててさ。
でも最終形態つえーの。めちゃくちゃつえーの。マジこえーの。夜道で合ったらちびるくらいこえーの。
私の胸もそれと同じ。最終形態なだけ。見た目あれだけど、なんか、多分、つえーから。
(思わぬところで自分の胸が時代を先取りしたことに気付いてオラ全然ワクワクもしないけれども、全世界の女子はみんな私に続け☆)
老化と私
年々脳の記憶装置が劣化してきている。
多分、日常生活の大体の名前を「あれ」とか「これ」とか指示詞で乗り切っている感ある。
そして芸能人の顔や名前はおろか、息子の友達のお母さんとかも結構な割合で覚えられない。顔と名前が一致しない。親と子のセットが分からない。もう親子は紐でつないでいてほしいし、名札着用を義務付けたい。
私と言えば家に一日中引きこもってパソコンをポチポチする在宅フリーランス(ほぼ引きこもり)なんですけど、今まで一人で仕事していたのが2月からチームに入ってお仕事するようになったのでございます。
いやー、人と喋れるって良いですね。
それまでどんなに仕事に詰まっても、一人。なんや訳の分からないバグが起こっても一人。納期前に泣くのも一人。
いくら一人が好きって言っても限度があるだろうと思うくらいの孤独。
咳をしても一人の尾崎放哉状態なわけです。
それが今じゃどうでしょう、どうしてもわからないことがあればチームにチャットを飛ばし、それを先輩方が助けてくれるわけですよ、あああ人って温かい…人って良いね…ニンゲン…ヤサシイ…ニンゲン…スキ…タベチャイタイ…
一人でやっている頃は誰にも会わないから化粧もしないし、何ならお風呂とか3日くらい入らなかったからね。加齢臭の熟成が進むことこの上ない。もう「女として~」とか以前の問題。「人間として」やばいのは薄々気付いていた。
もうねー納期間近で三日風呂入っていない時とかもはや人間の匂いじゃないわけ。私の枕から昔外で飼っていた犬のタロの匂いがしたからね。(享年17歳。)
それが今ではいつ来るか分からないビデオ通話の為だけに毎日お風呂に入るようになりました!お母さん!私、人間に戻ったよ!
で、ここでチームの皆さんと否応なしに顔を合わせることになるのだけども。今回こそは顔をしっかり覚えていかないと仕事にも支障があると思い、チームメンバーの各々の特徴をメモしていく事にした。記憶力は労働力でカバーである。
一人目のAさん。
ふむふむ。とてもまじめで誠実そう。眼鏡をかけていて短髪。清潔感漂う風貌。丁寧。若者。
「Aさん…とても真面目で誠実そう。眼鏡をかけていて短髪。清潔感漂う風貌。丁寧。若者。」とメモ。まじまじ顔を見たおかげで目をつぶってもぼんやりとだが思い出せる。瞳を閉じれば瞼の裏にいる。
数日後、二人目のBさん。
ふむふむ…Bさんは眼鏡…短髪…清潔感…物腰柔らか…え…?デジャブ…??
まさかのBさんも「短髪眼鏡清潔感丁寧若者」。いや…でもBさんの方が若干面長…?あ、前髪がちょっと長いか…??
この時点で目を閉じるとAさんとBさんがコラージュされたような顔が思い浮かぶ。記憶のぼんやりさが加速していき、もう私の中では彼らは双子。ああああ…。
…大丈夫、前髪がちょっと長いほうがBさん、まだダイジョブダイジョウブ…
Bさんのメモに「Aさんよりちょっと前髪長い」と書き足した。
ええとそれで三人目のCさんなんですけど、まぁもう流れは出来上がっていたので読んでいる人は全くびっくりしないと思うのですけど、「短髪眼鏡清潔感丁寧若者」だったんだよなぁ…。(虚ろな目。)
まさかの三つ子爆誕。
いや、でも確かCさんは丸眼鏡だった。うんうん、違う違う、他二人はスクエアタイプだった、多分、うんうんうんうん。
Cさんメモに震える指で「丸眼鏡」と書き足す。
そんな感じでビジュアルの記憶はもうぼろ布のごとく部分的にしか機能していないし、一部屋に三人混ぜられて「さあて、どれがだーれだ☆」なんておちゃめなことやられたら、もう全然分からない自信しかないし、アハ体験くらい凝視してウォーリーを探せくらい血眼になると思うけど、一応ビデオ通話前には名前が出るしね!大丈夫!
(多分だいじょばない。)
私と縄文時代
最近は現代社会にそこまでの不満はないが、若いころはいろんなことに躓くたびに「あー。縄文時代に生きたかった。」とよく思った。
人間関係、親子問題、他人と比べる土俵が多すぎることへの不安、お金。
きっと便利にはなったのだろうが、それと引き換えに無くした心の安寧と言うものが、ただシンプルに「生きる」と言う事をしていた縄文人にはあったはずだ。
まぁ高校時代日本史で1点取った私が言ったところでなんのリアリティもないんだけども。
でもさー、結局今わかっている縄文人の暮らしだって、発掘された土器とか、環状…?列石…?とかからなんか頭のいい人が想像力で補って「推定」されているって事でしょ?だったら私が縄文人のいる時代を妄想したって全然悪くないよね。つうかまず「縄文人」っていう名前だって現代人が勝手に付けているわけだからね。にしても「縄文人」って。もっとなんかなかったー?って思う。土器に縄状の模様が刻まれていたからって、もうそれをこの時代のスタンダードみたいに思わないで欲しい。
絶対いたはずなの。縄の模様以外の模様を付けていた人とか、土器の取っ手のところに繊細な蝶々の細工とかした人も。
”あたかも生きているかの如くリアルで繊細な蝶をあしらった取っ手付きの小型土器(主にクワイポタージュなどを入れる。)は作者不明である。取っ手に群がる一塊の粘土で作った無数の蝶々。羽の薄さは0.01ミリとも言われている。現代で言えばオカモトの001と同等の厚みである。
もちろんそのような芸術性を持った作品はほんの僅かであり、通常の家庭でも土器や食器は作られていたが、そのような用途の物は繊細な細工は施すことなく実用性重視であった。
本来土器の原材料となったキメの粗い岩堰泥(がんせきでい)では大雑把なデザインがせいぜいであった。そして火の通りを均一にするため、また持ち運びする際に滑りにくくするために表面にわずかな溝を木の棒で一本ずつ付けるのが一般的であったが、土器の表面全てにそれを付ける作業は非常に時間を要した。(主にその家の長男の仕事であった。)
暗い竪穴式住居の中で、背を曲げ、黙々と細かい筋を刻み付けるだけの仕事。
地味な作業のため華がなく、村の女性が毎年決める「結婚したい男の仕事ランキング」では常に最下位であった。(1位はイノシシの生態を知り尽くし科学的に狩りをしたイノッサーという職種。知的なイメージで人気があった。)
そのやりがいのなさと大変さの為、いろんな村の長男が今で言う「うつ状態」に陥った時期があった。
長老たちは「有事!」との判断で会合を開いた。
土器に模様を付けなければ食事のクオリティ、つまりは生活のクオリティ(QOL)が著しく落ちてしまう為にこの仕事をなくすことなどできない。しかしその仕事をやった者はいつの日か呪われ、ぶつぶつと独り言を言ったり、急に衣服を脱ぎだし「つるつるでいいだろう!!?なんで溝なんだよ!!!」と叫びながら朝まで踊り狂う等の奇行を繰り返している。
この模様を楽に付けるのに何かいい案はないか?その様な事を話し合った時、誰かが
「この間、木の皮を撚って作った紐を土器に押し付けたら紐の細かい模様で土器が凹み、うまい具合に模様になった。完成した土器で試しに山イタチの煮込みを作った。火の通りもちょうどよく、模様を付ける時間としては今までの10分の1程度。どうだろう。」
ほう、と皆感心したように目を見開き、翌日から試作ではあるが多くの「紐型文様」の土器を作り始めた。話に聞いた通り模様も簡単、煮炊きにも適した土器が出来た為、ワンクールごとに行われる「MURABITO KAIGI」でその製法が公式認定された。
(それがのちの「縄文土器」である。)
そして土器を作ることに余裕が出てくると、皆一斉にデザインに凝り始めた。
まだ結婚していない長男たちの間で取っ手を付けたり、性能的には何ら関係のない装飾を付けるのが流行り出した。今まで日の目の見なかった土器作りの長男たちの鬱屈した「モテたい」という気持ちが実用性よりも見た目の華美さに走る要因となったようだ。
彼らの悲願は叶い、「土器作り」は翌年の「結婚したい男の仕事ランキング」の5位に食い込んだのだ。
しかしデザインを魅せる事に走りすぎた為、耐久性や使いやすさのクオリティは当然下がった。本来の目的から離れた土器を作り続ける若者たちに、長老をはじめ年長者たちは眉をひそめた。
そして再びの「MURABITO KAIGI」にて「土器は縄で文様を付けたもの以外は認めない。これを制作したものに対しては罰として1か月高床式倉庫の掃除を任ずる。」とお触れを出したのであった。
最初は蝶々やら花やらの装飾にきゃっきゃしていた女子たちも
「なんか結局スタンダードなのが使いやすいんだよねー」
「つーか、あいつモテるために必死じゃね?」
「いや、目がマジすぎてきっしょww」
みたいな意見が溢れ、お触れよりもそちらが効力を持ったというのが実際の話の様である。
余談ではあるが、この紋様を付けるときに使った紐は色々な用途に使われた。
紐に土器を焼いたときに出来た煤を付け、白い石板などに押し付け転がすと何やら動物や蝶や鶏や虫に見えるような柄が付いた。それを見て何に見えるかと皆で遊ぶのも定番であった。
後はなぜかその紐が、倦怠期を迎えた夫婦に送るのが習わしであり、紐を渡した翌朝には、あんなに冷え切っていた夫婦も腕を組み高床式倉庫にいそいそこっそりと向かったりするのである。
そして高床式倉庫から長らく帰ってこなかったりする。そこで何をしていたかとかは全くさっぱり分からないのだけれど。
紐のおかげで仕事は楽になり、遊戯も充実、夫婦仲まで良い。なぜか少子化問題も解決。
そう、そんな時代、それが縄文。”
縄文時代で大好きな君と出会ったらどうだったろう。
言葉はあったか。歌はあったか。
我々が分かり合う術はあったか。
距離が離れていれば出会えなかったか。
でも安心してほしい。
酒はあったらしいから。(酒があればすべて解決。)