別に気にしてなどいなかったわけです。私が貧乳だなんてことは。
ほら、服とか着たとき、ラインも崩れないし、表面積とか少ないから、冷えないような気がするし、あと、あと、
まあ、後は特に無いんだけど。うん。
とにかく別によかった訳です、お胸の辺りの存在感がなくても。私、生きてるし、息してる。
実家の玄関に置いてある土産物のこけしがごとく、存在感を消しながらただそこにあるインテリアとしての地位を確立していたのです。
しかしね、数年前に乳癌健診と言うものを初体験しましてね。
乳癌健診って風の噂に聞くに、アクリルの板二枚でお胸を挟んで、ぎゅーって潰して、腫瘍がないか見るらしいんですよ。
はっ、として、見たよね、胸を。
その存在感の無さに、持ち主ですら忘れていた、私の胸の辺りを。
…ええぇぇ……
…これさ…挟めるの……?
まあまあまあまあ。
まぁまぁまぁまぁまぁ。
私基準では「挟めない」でもさ、医療人にしたら、「や、大丈夫ですよ。」「挟めない胸とか無いです。」みたいな感じかもしんないじゃん?プロだから。各種多様な乳をなん乳も挟んできたわけだから。
だから対策に関してはノープランで挑んだ訳です、今日、健診という日を。
まずは問診。
常用してる薬はあるかとか、
ペースメーカーは使用しているかとか。
んで看護師さんが最後に
「あと…豊胸手術とかはなさってますか?」っつって。
ちらっ、て胸を見て。
…ねぇよ。断じてなさってねぇ。
つうか、なさってこの仕上がりなら、とんだ医療ミスだよ。
そんなピリッとした空気を後に、健診に挑みまして。
つうかね、乳癌健診のおまけみたいに、子宮がん検診も受けたんだけどね、こっちはもう人生で三回目。ちょっとしたベテランの域。ちょいちょいーってあの辺りの細胞取るだけなんで、全然余裕。
せっかくだから向こう三年くらい分まとめて取っていただいても全くダメージないくらいは慣れっこ。
さりとて乳癌健診。
初顔合わせ。怖い。
乳癌検診の部屋には、なんか高そうな機械と美人のお姉さんがいた。
上半身だけ一糸まとわぬ姿になり、私はその時を待った。
お姉さんが、
「あー、じゃあこちらの機械に胸をのせてくださいねー。」
って何気なく言うけど。いやいやいや。
…のせる胸、ないけど?
持ち物に書いてた?
「バスタオル」ってしか書いてなかったけど?持って来たけど?
「挟める胸」って書いてた?持って来てないけど?家にも無いけど?
そしたら看護師のお姉さん、私の胸をじっと見て、「ふむ」みたいな顔してたと思ったら、
失礼しまーす!とか言って、私の胸をかき集め出した。挟む為に。
でも挟むには足りない。うん、だよね。すげぇ知ってる。誰よりも私が。
なんかお姉さんちょっと焦って、
腕上げてください、
あ、やっぱり下げて、
やっぱり下げないで、
みたいに、人体構造的に、無理!みたいな方向に私の腕を誘ったあげく、これじゃだめだと悟ったのか、腹の方とか、背中の方とかから肉を集め出して、いやもう神龍出す気じゃね?位の勢いで集め出して、
やー、それ絶対に胸じゃねえけど、って肉も検診に参加する羽目になってるけど、良いの?大丈夫そ?
お姉さん焦ってる。
私、もっと焦ってる。
もうね。ドラえもんの秘密道具に「チリつもらせ機」って言う、自分の欲しいものを世界中の人から少しづつもらって一個にして手に入れる、せこい機械があんだけど、
あれ使うなら、今だ、って思った。
みんなー!オラにお胸をー!!って。
思った。うん。
なんかもう、うっすら汗ばんでるみたいな看護師さんが、
「じゃ、じゃあ挟みまーす!」
っつって、機械をウィーン、っつって、動かしたら、例の噂のアクリル板が私の胸を(そして背肉と腹肉の寄せ集めを)ぎゅーって押し潰した。
い…
いってえええええええ!!!!
いだいいだいいだいいだい!!!!
もうね、ちぎれるかと。根本から。
容赦ねえの、他人事だと思って。
お姉さんは、はい、力抜いてー、って、
抜けるか!痛ぇよ!!
朦朧とする意識のなか、薄目でアクリル板に挟まれるインテリア乳を見たら、すっげえ潰されて、石割桜(盛岡のお菓子。生産中止。)みたいになってた。変わり果てすぎ。
………こんなの私の知ってる乳じゃない……!!
やっとアクリル板に解放された私とお姉さん、もう、余力、ゼロ。もう戦えない。スライムにもやられる。ただの屍のよう。
おつかれさまでしたー、って言うお姉さんに、おめぇもな、って心でつぶやいた。虫の息で。
そんなこんなで、ちょっとした地獄見て、でも終わったからほっとしてたら、
この地獄、毎年くるらしいって。もう、出家したい。