あー。あいつとあいつのcopyがいたらいいのに。
あいつとあいつのcopyに恋心と友情を振り分けられたらいいのに。あいつに言えないことを、あいつの人格を持ったcopyに相談したい。
友達のあいつも、恋の対象としてのあいつも、どっちもいて欲しい。
あいつに対して思う「好き」の10分の1をあいつに伝えて、残りの9割をただ呪文のようにcopyに聞いてほしい。copyが、またそれかよー、って笑いながら聞くのを見ながら、酒を飲みたい。すっぴんの、家ではよれよれのライブTシャツを着ているそのままの私で、copyと酒を飲みたい。
と言う妄想が止まらない。
ーーココカラーー
ねぇねぇ、アオイおしゃれなんだけど私ももう少しおしゃれした方がいいかなぁ、なんてほろ酔いの頭でcopyに話しかけた。
場所はいつもの居酒屋。壁に埃と油で分厚い地層が出来ているような汚い焼き鳥屋で、もう魂だけがそこにわずかに入っているようなしわしわの肉体のおじいちゃんが一人でやっている。
ビールを頼んでもおじいちゃんが運んでくるまでに人肌になってしまうんじゃないかってほどに歩みが遅い。なので私はわざわざ備え付けの便所スリッパに履き替え、ビール持っていくよ、っておじいちゃんに言ってから冷蔵庫を勝手に開けて瓶ビールを拝借する。おじいちゃんは耳もほぼ機能していないのに、必ずこっちを見て、見てと言うか多分目もあまり見えていないようなうつろな表情でわずかに首をひねり、あ、あ…となんとなく了解の意思表示をしてくれる。不便だが、大体客はほとんどいないし、じいちゃんの焼くつくねで瓶ビールを飲むのはいつも最高な気分になったのでcopyと会う時は必ずここに来ていた。
copyはとてもおしゃれだ。だってアオイのコピーだから。それは精密にアオイを再現している。
去年、精密なペット型ロボットを開発し大ヒットさせた大手メーカーが人間そのものの物体と性能がコピーできるようになったとして世の中に発表した時、とうとうパーマンの世界が眼前に現れた、と私は狂喜したし、世界中のままならない世界線に生きて疲弊していた人たちも私と同じくその時代をすんなりと受け入れた。発売まで時間はかからず、完全な技術と体制を用意しての発表だったためあっという間に「HUMAN COPY」は世界中に普及した。
人権だの尊厳だの、と騒いでいる人たちも居たにはいたが、想像していたよりずっと少なかった。思っていたより世界は疲れていたからだ。
そうだねぇ、とcopyはつくねに串ごとかぶりつきながら、もごもごと返答し出した。口の両端につくねの甘いたれが付いている。
とりあえず会う時はもう少しおしゃれしたら?あんた年中同じ服着てんじゃん。私そのチャンピオンの黒いTシャツとグラミチのパンツっていう組み合わせしか見たことないんだけど。と笑った。バカにするでもなく、からかうでもなく、ただ正直な口ぶりで「別に良いけど、せっかくだから違う服も来てみなよ。」と言って、携帯をいじりながら、ほら、こういうのとかさ、と画面を鼻先に押し付けてくる。
そうだよなぁ、そうだよねぇ、とアルコールで動きの鈍い頭でちょっとアオイの顔を思い出し、またすぐ酔いにのまれた。
メイクもさぁ少しはした方がいいよねぇ、なんて言ってるうちに、copyが乗ってきて、よし、今から私がメイクしてあげるから!と泥酔の状態で言い出す。不安しかない。
アイラインが豪快にはみ出す。ビューラーで瞼を挟んできやがった。ごめんごめん!!本当にごめん!!と言いながら大爆笑している。
それでもまだ化粧ポーチをガサゴソと探っているCOPYを見て、いやこいつ全然反省していないな、と思った。
そのうち多分髭とか描き出す予感がしたので、copyが日本酒をごぼごぼとすごい勢いで飲み始めた頃に会計をして店を出た。じいちゃんの会計は今回も正確だった。レジスターの設置も電卓もないこの店でどうやって計算しているんだろう。
店近くの堤防沿いを歩きながら大声で大地讃頌を歌っていたcopyが急に黙り、大量に吐いた。
「あんな水みたいに日本酒飲むからだよ。」
「あー…口の中気持ち悪い。ビール飲みたい…」
「ねぇ、何言ってんの?」
その後、持っていたビニールをcopyに握らせ、握らせというかスーパーの袋の取っ手部分を耳にかけさせ二度目の嘔吐の波に備えた状態でタクシーに乗せ、私も別のタクシーを拾った。タクシーの中で眠りの沼に沈みそうになる事に何とか抗いながら、自宅につくまでをやり過ごす。断片的にいろんな映像が頭に浮かんでは消える中で明日は洋服を買おう、と確かな決意で思った。へんちくりんな化粧は車内が暗いのでタクシー運転手にもばれずに済んだ。copyはどこに帰るのだろう。
アオイと会う日、copyが勧めてきた服のサイトで人気のあったコーディネート一式をそのままを買い、そのまま着て行くことにした。あまり気負ってきたのを悟られないように、小物は最小限にし、慣れない化粧もした。張り切って描きこみすぎて自分で見てもこれは無いなと思ったので軽く顔をティッシュでこすって携帯で写真を撮った。化粧してみた、という一文を添えて、copyに送った。チークを塗っていないのに赤みを帯びた頬がそこに映っていた。
行く店は1年半ほど前にできた新しくてきれいなオイスターバーだ。カキだけじゃなく日本酒も充実していたし、この間copyが生ガキ食って当たった話(だけどアルコールで消毒したから多分もう大丈夫と言っていた話。)をしていたのでアオイもカキは食べられるのだろうと思い、迷った挙句そこにした。
混んでいて、カウンターしか空いてなかったけれど、アオイはこっちの方が調理しているところを見れて楽しい!お酒もいっぱい並んでるの見えて頼みやすいし!と終始ご機嫌だった。
私はと言えば、久しぶりに付けたファンデーションがどんなふうにアオイの目に映っているのかが気になってしょうがなかった。はしゃいでいるアオイがぼやぼやとした視界の中でうごめいていて、離れた場所で見ている景色の様だった。
不自然じゃないタイミングでトイレに立ち鏡で確認すると、口の周りが乾燥で粉を吹いていた。
目の周りもアイラインやらアイシャドウやらが固まって滲み、おしゃれな雰囲気を演出しようと暗めに設定されている照明がより一層それらを醜く見せた。
あの距離で話しているのだから絶対に気付いているよな、と思ったらなんだかいたたまれない気持ちになって、出かける前に浮かれた気持ちであれこれ用意した自分がひどく惨めなものに変わっていった。
その後、数種類のカキを食べたけれど、濃厚だね、とか、わー!大きい!とか言ってるアオイの隣で全く味の分からない私がいた。
全部海水の味だ。
その帰り道で、アオイに振られた。
理由は色々言っていたけれど、この人に私は必要ないんだ、という事実にすべてさらわれ、何を言っているのか理解できないままでいた。でも「もう会えない」と言う言葉だけが運よく私の耳にたどり着いたとき、精一杯かっこつけて、分かったよ、ありがとうね、と言い泣いているアオイをそのままに帰った。タクシーは拾わなかった。
さほど酔ってもいない頭と体が重かった。泣くことも出来ずただ惰性で足を動かした。こんな時も足は勝手に動く。もうこいつらは私と言う司令塔がなくても動くんじゃないだろうか。小さいころ読んだ「赤い靴」に載っていた、切られた足がぴょんぴょん踊っていく挿絵の事を思い出した。
静かな夜の街でラインの通知音が微かに聞こえた気がした。一瞬アオイかも、とわずかな期待をしたが、ポップアップ通知をちらりと見るとcopyだった。そう言えば家を出る前にラインで画像を送ったんだ。今はもう見たら吐き気を催すだろう、浮かれた数時間前の私の画像。そんな自分が気持ち悪い。
なかなか開く気がしなかったが、突然自虐的な気分になり、こうなったらとことん傷付くくらいに自分を嘲笑ってやろうとラインを開いた。
私が送ったグロテスクな画像の下にべろべろに酔っぱらっているであろうcopyの変顔の画像が一枚貼ってあった。その下に平仮名で一言だけこう書いてあった。
「やっぱりおまえはすっぴんがいちばんかわいーわ」
白目をむいたcopyの写真はぶれて、心霊写真のようだった。右手には焼酎の瓶を持っているのに、左手にはグラスに入ったおそらくワインであろう赤い液体。同時に何種類飲んでるんだよ、と思ったらこらえきれない笑いが腹の底から湧いてきて、声を出して笑った。
「すっぴんが」の文章をもう一度読み直して、返信おせーよ!と大きめの声で口に出した。
指先まで冷たくなっていた体に急に熱が通い出し、足は突然仕事を放棄した。こめかみの辺りが内側から張るように痛み、私はうずくまって泣いた。しゃくりあげた喉の動きが止まらず変な音が出た。視界の端に公園の公衆トイレがあって、冷静な私の一部分が、いや、場所、と呆れていた。
無性にcopyに会いたかった。
会って泣いている私を見ていてほしい。一人で泣かせないでくれ。大丈夫かー?って笑ってくれ。アイラインが溶けた黒い涙を子供の鼻をかむ様にぐいぐいと拭いてほしい。そして乱暴に手を握って、ほら!飲もうぜ!!って言って欲しい。
そして私は思うだろう。鼻水を垂らして泣きながら、copyのcopyを今度注文しなければいけないと。copyに最後の醜態をさらしながら、自分の貯金残高を整わない脳で計算するだろう。
それから数週間、人間のコピーを販売していたあの会社がつぶれた。
自分のコピーを作りコピーに仕事をさせていた会社員、不倫に嵌り不倫相手のコピーと暮らしていた女性、様々な理由でコピーを購入した人の大多数がこぞって返品を申し込んできたらしい。製品に多大なる自信を持っていたコピーメーカーは一カ月の返品保証を有料オプションで付けていた。それが仇となったのかとも思ったけれど、理由はもっと別なものにある気がしていた。
何故なら有料の返品オプションを付けていなかった人々も本体に付いているリセット機能を起動し、(首筋に細い差込口があり、そこに製品備え付けのこれまた細い鍵のようなものを指す。鍵の先には細かい昆虫の足先のようなとげが付いている。一度指すと抜けない仕組みだ。)たくさんの人が燃えるゴミとして処分したからだ。そのため一時的にごみ集積場が飽和状態となり、ゴミの収集員は昼夜を問わずその対応に追われた。私のアパートの下階に住んでいる大木戸さんのご主人はゴミ集積場の勤務だったので、まだ4歳の娘さんのユリちゃんがお母さんに、なんでお父さんいないの?と泣いてぐずっているところを駐車場で見かけた。お母さんは疲れた顔で「帰ってこないのよ」と繰り返していた。
少ない貯金をかき集めたらまぁまぁな額になった私は中古車を買った。小さいが天井が高めで後ろに荷物がたくさん載せられる。熱くなってきたから海にでも行こうよ、とcopyを誘い、覚束ない運転で迎えに行った。
運転をしないcopyは、ね、飲んでいい?飲んでいい?とビールを詰めたクーラーボックスを開けながら言うので、いや、もう飲む気しかないじゃん、と言って飲むことを勧めた。
傷付くほどに晴天で、気温も高かった。copyは海に相応しい涼し気なサンダルを履いていたが、私はいつもの黒いスニーカーだ。
2時間飲み続けて助手席で寝てしまったcopyを確認してから、高速のパーキングに入り、車を止めた。
いつも履いているパンツのポケットから細長い鍵を出し、起きないように緩慢なしぐさでcopyの襟足のあたりに手を添えた。そして同じスピードで差込口を探った。
copyのうなじは汗ばんで冷え、死人のように真っ白でとても綺麗だった。